大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和25年(う)51号 判決

被告人

能代谷義英

主文

原判決を破棄する。

本件を靑森簡易裁判所に差戻す。

理由

弁護人丸岡奥松の控訴趣旨その第一について、

(イ)  漁業法第一条の規定をも併せ考えれば同法第三五条及び機船底曳網漁業取締規則第一条にいうところの機船底曳網漁業とは、営利の目的を以て業として、螺旋推進器を備えた船舶によつて手繰網、打瀨網その他の底曳網を使用して漁獲行為即ち水産動物の採捕を行うことを指すものであり、かつ「業として」とは「反覆継続して之を行う意思を以て」の意と解するのを相当とする。尤も漁業を営む者即ち営利の目的を以て業として漁獲行為を営む者がその漁業の一方法として漁獲行為を行うならば、それが営利の目的に出たものというべきは明かであり、又漁獲行為(即ち機船底曳網による場合ならば投網し之を引上げて魚類を捕獲する行為)を反覆継続する意思を以て之を行うならば、仮りに出漁即ち漁獲のための出航は之を一囘だけに止める意思であつたとしても、反覆継続する意思を以て即ち業として漁獲行為をしたといつて差支えないものと解すべきである。

(ロ)  原判決の認定した事実は被告人は螺旋推進器を備え発動機船共榮丸を所有して漁業を営んでいるものであるが、主務大臣の許可を受けないで、右共榮丸により底曳網を使用し鮮魚かなかしら約五貫、かれい約三貫を漁獲し以て機船底曳網漁業を営んだものであるというにあり、之によれば漁業者たる被告人が、その所有する機船により底曳網を使用し業として漁獲行為をしたものであるという趣旨は明かであるが、被告人が本件漁獲行為を、その営むところの漁業の一方法として、又はその他の意味で、営利の目的で之をしたものであるという趣旨は明かでなく、むしろ、その証拠として、被告人が極力本件漁獲行為が営利の目的に出たものであることを否認し、專ら自家賄用魚の漁獲のためにしたものである旨弁疏している被告人の原審公判廷における供述及び検事の被告人に対する供述調書中の被告人の供述記載を、何等の除外をも行わずそのまま援用する反面、(特に原審公判廷における被告人の供述中には「利を得るためでなく、自家用に供する為に獲る魚でも、底曳網を使うときは政府の許可がなければならないことは知つて居たか」という裁判官の問に対し「知つておりました。私は動力船を使つたのが悪かつたのであります。」という供述がある。)他に被告人の本件行為が営利の目的に出たことを認めるに足る証拠を援用していないところを見ると、原審としては本件犯罪の成立には営利の目的の存在を要しないものと解し、その結果その点の判示をしなかつたものとも推察される。果して然らば原審は法律を誤解した結果判決に十分な理由を附せず、ひいて法律の適用を誤つたもので、原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。(後略)

弁護人丸岡奥松の控訴趣意その第二について、

(ハ)  機船底曳網漁業取締規則第一条には、機船底曳網漁業に用いる網として、手繰網、打瀨網その他の底曳網とあり、即ち「底曳網」なる用語は、手繰網、打瀨網その他種々の網を包括した網の種類を現わす用語で、それ自体特定の構造及び用法を現わすものではないというべきである。従つて、判決にある網が右規則にいうところの底曳網に該当するものであることを現わすには、判示事実又はその証拠説明中に手繰網打瀨網その他右規則にいう底曳網に該当する一定の構造用法を表現するに足る特定の名称を用いるか、又は特にその構造用法等を敍述しなければならない筋合であつて、もし、かくの如き敍述説明を欠くならば、犯罪事実の具体的な説明を欠き、その判決は理由不備の瑕疵を存することとなるものといわなければならない。しかるに原判決は本件の網を単に「底曳網」と判示し、しかもその挙示の証拠に徴しても、この網の構造用法等が如何なるものであるかを適確に捕捉することはできないのであつて、結局、原判決は本件網が果して前記規則にいうところの底曳網であるかどうかを具体的に判示していないものといわざるを得ない。これを以て、論旨の如く底曳網でないものを底曳網と誤認したか否かは、むしろなお不明であり、論旨が事実誤認を主張することは当らないけれども右底曳網に関する原判示の不備を攻撃している点において論旨は結局理由があり、原判決はこの点でも破棄を免れない。

(弁護人丸岡奥松の控訴趣意第一点)

原判決には下に説述の如き擬律錯誤の違法存し而も之が錯誤は判決に影響を及ぼすこと必然たるを以て刑事訴訟法第三百八十条に基き本件控訴の理由と為すもの也原判決は被告人が主務大臣の許可を受けずして其所有に係る螺旋推進器備付けの発動機船に依り底曳網を使用して鮮魚を採捕し以て機船底曳網漁業を営みたるものなりとの事実を確定したる上右被告人の行為は漁業法第五十九条、第三十五条第一項、罰金等臨時措置法第四条に該当するものとして被告人を罰金五千円に処せられたり然れ共漁業法第三十五条第一項の委任命令たる昭和九年七月二十五日農林省令第二十号機船底曳網漁業取締規則第一条に依れば「機船底曳網漁業とは螺旋推進器を備うる船舶に依り手繰網、打瀨網其他の底曳網を使用して為す漁業を謂う」と規定し居れるを以て被告人の原判示行為を以て当該法条の違反罪と断するには被告人の該底曳網使用に因りたる漁獲行為が営利の目的を以て而も業として為されたることを要件とせざるべからざることは漁業法第一条第一項の規定に徴して一点容疑の余地なく、又被告人の原判示行為は機船底曳網漁業の許可を受けて為したる行為に非ざるを以て漁業法第一条第二項の漁業者として為したる行為に該当せざることも明白なれば結局被告人の行為は其自陳の如く単なる自家賄供用の為め当該魚類を採捕したりと謂うに止まり漁業法違反罪を構成せざるものと解するを相当とせざるべからざるに拘らず原判決が之を漁業法違反罪に問擬したるは擬律錯誤の違法あり、原判決は取消を免れざるものと認む。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例